夫婦が離婚した場合、夫の側はすぐに再婚することもできますが、妻の側には「再婚禁止期間」が設けられています。
男女平等が基本となっている現代の社会において、なぜ女性の側だけに「再婚禁止期間」が設けられているのでしょうか。
再婚禁止期間に関しては、これまでもさまざまな法的議論の対象となっており、実際に最近の最高裁判例によってルール変更が行われた経緯があります。
この機会に、再婚禁止期間に関する民法上のルールについて、理解を深めておきましょう。
この記事では、女性の「再婚禁止期間」が設けられている趣旨やルールの内容、今後の法改正の展望などについて解説します。
再婚禁止期間とは?
民法733条1項では、再婚禁止期間について以下のように定めています。
第七百三十三条 女は、前婚の解消又は取消しの日から起算して百日を経過した後でなければ、再婚をすることができない。
(民法733条1項)
なお、再婚禁止期間は「待婚期間」と呼ばれることもあります。
再婚禁止期間は、離婚や婚姻取消しの日から起算して「100日」です。
ただし、民法上「初日不算入の原則」(民法140条)が定められているので、離婚などの当日はカウントせずに100日が経過することが必要です。
なぜ再婚禁止期間があるの?その理由と根拠
現代の日本社会では、男女平等は基本理念の一つであり、日本国憲法においても性別による差別の禁止が規定されています(日本国憲法14条1項)。
そうであるにもかかわらず、女性だけに「再婚禁止期間」が設けられているのは、どのような理由によるのでしょうか。
ここでポイントとなるのが、民法上の「父性の推定」に関するルール(嫡出推定制度)です。
父性の推定(嫡出推定制度)とは
母親が子どもを産んだ場合、その子が母親の子どもであることは間違いないですが、父親が誰であるかは、直ちに明らかではありません。
たとえ結婚している夫がいたとしても、妻が不貞行為によって子どもを作ったなどの可能性もありますので、一概に夫が父親であるとは限らないのです。
しかし、生物学上の父親を逐一調査しなければならないとすれば、法律上の親子関係が不安定になってしまいます。
そこで、法律上の親子関係を早期に確定・安定させるために、「誰が法律上の父親であるか」を決定するためのルールを定めることとされました。
このルールが「父性の推定」(嫡出推定制度)です。民法772条は、「父性の推定」(嫡出推定制度)について以下のとおり定められています。
第七百七十二条 妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する。
2 婚姻の成立の日から二百日を経過した後又は婚姻の解消若しくは取消しの日から三百日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定する。
(民法772条)
再婚禁止期間との関係でポイントとなるのは、民法772条2項の規定です。
以下の設例を考えてみましょう。
・男Aと女Bが2020年12月31日に離婚
・女Bと男Cが2021年1月31日に結婚
・女Bが子Dを2021年8月31日に出産
設例では、女Bは男Aとの離婚から31日後に男Cと再婚しているので、100日間の再婚禁止期間に違反しています。
この設例の子Dは、男Aと男C、どちらの子と推定されるでしょうか。
民法722条2項の規定によると、「婚姻の成立の日から200日を経過した後」に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定されます。
子Dは、男Cが女Bと結婚した日の212日後に生まれていますから、女Bと男Cの婚姻中に懐胎したという推定が働きます。
したがって、同条1項により、Dは男Cの子と推定されます。
しかし、同条2項の規定によれば、「婚姻の解消の日から300日以内に生まれた子」も、やはり婚姻中に懐胎したものと推定されます。
子Dは、男Aが女Bと離婚した日の243日後に生まれているので、男Aと女Bの婚姻中に懐胎したという推定が働きます。
したがって、同条1項により、Dは男Aの子と推定されます。
このように、再婚禁止期間を破って再婚した場合、前夫と現在の夫の両方に「父性の推定」が働いてしまうケースが存在するのです。
再婚禁止期間の目的は「父性の重複を防ぐこと」
「父性の推定」が重複しているケースでは、親子関係がきわめて不安定になってしまいます。
たとえば、
- 子どもを養育する義務を負うのは前夫なのか、それとも現在の夫なのか
- どの家の戸籍に入れるべきなのか
- 子どもに相続権はあるのか
など、親子が関係する法律問題において、子どもの権利・利益が十分保護されない事態が生じてしまいかねません。
そこで、民法722条に定められる「父性の推定」の重複を防ぐために必要十分な期間として、100日間の再婚禁止期間が設けられているのです。
再婚禁止期間に違反して結婚した場合はどうなるの?
再婚禁止期間に婚姻届を提出しようとしても、基本的には役所の側で不受理の対応がとられます。
しかし、何らかのミスなどによって、再婚禁止期間にもかかわらず婚姻届が受理され、「父性の推定」が重複してしまったらどうなるのでしょうか。
この場合、当事者である女性や男性に何らかのペナルティが課されるわけではありません。
しかし、「父性の推定」が重複している状態は解消しなければならないので、当事者の訴えにより、裁判所が父親を定めるものとされています(民法733条)。
この場合裁判所は、主にDNA検査の結果などを判断材料として、諸般の事情を総合したうえで、父親が誰かを判断します。
再婚禁止期間をめぐる近年のルール改正|最高裁の違憲判決について
再婚禁止期間については、男女平等の観点から非常に意義深い最高裁の違憲判決が存在します。
現行民法では、最高裁判決において違憲とされた規定は改正されていますが、再婚禁止期間についての理解を深めるために、問題となった最高裁判決の概要を見てみましょう。
かつて再婚禁止期間は6か月だった
現行民法では、すでに解説したとおり、再婚禁止期間は「100日」とされています。
しかし、2016年6月7日の改正法施行以前の民法では、再婚禁止期間は「6か月」とされていました。
この点、民法722条2項の「父性の推定」に関する規定上は、重複期間は「100日」に限られます。
そのため、「6か月」の再婚禁止期間は不当に長すぎ、日本国憲法が定める「法の下の平等」(日本国憲法14条1項)などに反しているのではないか、という点が最高裁で争われました。
最高裁で6か月の再婚禁止期間は違憲と判断
最高裁平成27年12月16日判決では、結論として、従前の「6か月」の再婚禁止期間につき、「100日」を超える部分は違憲であると判示しました。
最高裁は、再婚禁止期間の「女性の再婚後に生まれた子につき父性の推定の重複を回避し、もって父子関係をめぐる紛争の発生を未然に防ぐ」という立法目的自体は、合理的であるとしました。
しかし、再婚禁止期間のうち「100日」を超える部分については、以下の理由から違憲と判断したのです。
- 民法772条の定める不正の推定の重複を回避するために必要な期間とはいえない
- 医療や科学技術が発達した今日においては、再婚禁止期間を厳密に不正の推定が重複することを回避するための期間に限定せず、一定の期間の幅を設けることを正当化することは困難
- 晩婚化の進展や離婚件数・再婚件数の増加などにより、再婚についての制約をできる限り少なくする要請が高まっている
最高裁判決を受けて、再婚禁止期間は現行の100日に
上記の最高裁判決から約半年後の2016年6月1日、国会で再婚禁止期間についての改正法案が可決・成立し、同月7日から施行されました。
最高裁の違憲判決を、立法府である国会が尊重した結果、迅速な改正に繋がったと評価できるでしょう。
再婚禁止期間が適用されない例外パターン
再婚禁止期間は、あくまでも「父性の推定」の重複を防ぐ目的で設けられたルールです。
したがって、以下に挙げるパターンのように、「父性の推定」の重複が問題になり得ないケースでは、例外的に再婚禁止期間のルールは適用されません。
離婚時に懐胎していなかった場合
離婚時に懐胎していなかったことが、医師の診断書などから客観的に証明される場合、生まれた子は前夫との婚姻中に懐胎したものではないことが明らかです。
この場合、再婚禁止期間が適用されないことが明文で規定されています(民法733条2項1号)。
離婚後に出産した場合
離婚後に出産した場合、その後に他の男性と結婚したとしても、その男性との婚姻中に子を懐胎したものではないことが明らかです。
この場合、出産直後から再婚が可能となります(民法733条2項2号)。
生理的に懐胎できない場合
子宮を全摘出済みである、かなり高齢であるなどの理由から、生理的に子を懐胎することが不可能と認められる場合には、そもそも子が生まれる可能性がない以上、「父性の推定」は問題になり得ません。
したがって、再婚禁止期間の適用はないものと解されています。
夫が3年以上生死不明のために離婚した場合
夫が3年以上生死不明であることは、法定離婚事由とされています(民法770条1項3号)。
3年以上前から生死不明の夫の子を、離婚後に出産することは事実上不可能なので、やはり再婚禁止期間は適用されないものと解されています。
前夫と再婚する場合
離婚後に前夫と再婚する場合、前夫も後夫も同じ人なので、「父性の推定」が問題になることはありません。
したがってこの場合も、再婚禁止期間の適用はありません。
今後の法改正に関する動向|法制審議会の中間試案について
2016年の法改正によって、「父性の推定」に関するルールと再婚禁止期間の整合性が取られましたが、依然としてこれらのルールについては、様々な観点から問題点が指摘されています。
そこで法制審議会では、これら2つのルールの見直しを含めた、民法改正に関する中間試案を最近になって公表しています。
嫡出推定に関する現状の問題点
中間試案では、嫡出推定の規定に関する現状の問題点として、以下の点が指摘されています。
・夫以外の者との間の子を出産した女性が、戸籍上、前夫の子と記載されることを避けるために出生届を提出せず、無戸籍者が生ずることがある
・離婚・再婚の増加,懐胎を契機に婚姻する夫婦の増加などの社会の変化を踏まえて、明治以来の規定を見直す必要がある
・「推定されない嫡出子」(婚姻成立後200日以内に生まれ、かつ嫡出子として出生届を提出された子)の法的地位が不安定である
嫡出推定の見直し
上記の問題点を踏まえて、中間試案では、嫡出推定に関する見直し案として、以下の内容が提示されています。
- 妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する。妻が婚姻前に懐胎した子であっても、妻が婚姻の成立した後に出産した子であるときは、同様とする。
- 婚姻の解消又は取消しの日から300日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定する。
- 婚姻の解消又は取消しの日から300日以内に生まれた子であって、妻が前夫以外の男性と再婚した後に出生したものは、①及び②の規律にかかわらず、再婚後の夫の子と推定する。※
上記の見直し案の特徴は、③の内容からわかるように、再婚後に生まれた子については、すべて再婚後の夫の子と推定するという点にあります。
再婚後に生まれた子が前夫の子と推定されることがなくなることにより、無戸籍者問題を解消し、かつ親子関係をシンプルにして、子の法的地位を安定させることが意図されています。
再婚禁止期間の見直し
中間試案にて提示された見直し案により、再婚後に生まれた子が前夫の子と推定されることがなくなれば、「父性の推定」が重複することはなくなります。
そのため、同見直し案が採用される場合、再婚禁止期間の規定は削除が予定されています。
まとめ
「父性の推定」の重複を避けることは、親子関係を安定させる観点から非常に重要といえますが、そのために再婚禁止期間を含む現行民法のルールが適しているかどうかには、中間試案に見られるように、多くの疑問が呈されているところです。
再婚禁止期間については、今後も法改正の動向に注目していく必要があるでしょう。
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